ベッドルームからこんにちは

読み切りエッセイを載せています。書籍化と難病か治る未来を目指して活動しています。 noteにて「奇病日記」というエッセイを連載中。written by 綿生しあの Twitter @wataseshiano

このブログについて

綿生しあのという人が書いています。だいたい30歳です(本当はまだ30歳ではないのですが、早めに30歳と思っておいた方が本当に30歳になった時の衝撃が少ないかと思い、そう言ってみることにします)。

2016年11月にぎっくり腰をやってからというもの、ずーっと、原因不明の身体の激しい痛みに苦しんでいました。精神的に追い詰められて、マジで死んだろかと思うことも多かったです。

2018年3月頃に変化が訪れ、病状が著しく悪化。「複合性局所疼痛症候群」「線維筋痛症」「筋痛性脳脊髄炎」などの難病になっていたことが発覚しました。医学的に原因不明、治療法不明の病気で、要するに切ったり縫ったり飲んだりで治らないということです。主な症状は全身の異常な痛みと、意識の混濁感です。

現在は自宅で寝たきり、ほとんど歩けないので車椅子を押してもらう生活を送っています。痛みで病院に通うことができないので、訪問診療のお世話になっています。

そんな日々の中での考えごとを書いたりするブログです。お笑いが好きなのでおもしろエピソードっぽいことも書きます。その他、難病患者当事者として、良いことも悪いことも書いていこうかと思っています。美化もしない、悲観もしない、そんな感じで進めていきます。大真面目に、書籍化を目指してます。


■このブログの目的

ふだん病気や介護に関わりのない方々に、自分自身や同病の患者さんたちが抱えている状況について興味を持っていただきたくのが目的です。単なる闘病記ではどうしても届きにくいと思うので、読み物として面白い文章を書ければ目に留まりやすいのではと開設に至りました。

ブログの趣旨上、病気や介護の悲惨さなどは極力描写せず、コミカルに書くように努めています。病気や介護に苦しんでいる方々には、あるある的な笑いでちょっとした息抜きに読んでもらえたら嬉しいです。とはいえ、表現の方向性上(「面白きこともなき世を面白く」的な)、笑い事ではないと思われる方もいらっしゃるかもしれません。その場合は誠に申し訳ありません。

すべての掲載内容は個人の体験と考えによるものです。それらをご理解・ご了承の上、楽しんで読んでいただければ嬉しいです。


※「線維筋痛症」って?

全身に激痛を伴う原因不明の病気で、有効な治療方法は確立されていません(根本的な治療が出来ず、痛み止めなどの対処療法しかないということ)。厚生労働省の調べでは、国内の潜在患者数は推定200万人とされています。重症化すると日常生活が著しく困難になりますが、国の指定難病に追加されておらず、身体障害者手帳の取得や社会福祉制度を受けることが困難なのも大きな問題点の一つです。そのため、経済的に困窮している患者さんも多数いらっしゃいます。

病気の原因は脳の痛みセンサーの誤作動とも言われており、肌に触れたり物を持ったり、関節を曲げたりといった軽微な刺激がすべて痛みとして感じられてしまうのが特徴です。病状の深刻度は人によって異なり、肌・髪・爪に軽く触れたり、自分の体重が掛かることや、風が吹くだけで痛みを感じる場合もあります。ちなみに私もこのあたりのステージを行ったり来たりしています。ブログは音声入力で書いています。

線維筋痛症は医療現場での認知度の低さから診断までに時間が掛かりやすく、検査をしても異常がないためにドクターショッピングを繰り返す人も多いです。痛みは最初は狭い範囲から始まり、全身に広がっていくケースも多いようです。また、外見上の異常がないため周囲からの理解も得にくく、精神的苦痛から抑うつ状態に陥りがちです。この他に、音や光に対する過敏症状や、脳の疲労による強い疲労などの症状もあります。

周囲にこの病気の方がいらっしゃる場合はくれぐれも誤解なきよう、そして出来れば暖かい言葉を掛けて下さいますよう、よろしくお願い致します。ちなみに、有名人だとレディ・ガガさんもこの病気を発症しながら今も闘ってらっしゃいます。

そして、「もしかして私も?」「私の身体、痛すぎ…!?」と思った方は、早期発見のために専門医を受診されますよう全力でオススメいたします。「線維筋痛症 専門医」でお近くの医師を探してみて下さい。原因不明であろうとも、重症化は早期発見で防げるはずです。一人でも苦しむ人を無くしたい!そんな思いで綴っています。


■プロフィール

綿生しあの(わたせ・しあの)

ブロガー、エッセイスト、寝たきリスト、車椅サー。28歳で原因不明の奇病である線維筋痛症を発症。早期発見の啓発のためブログ上で執筆中。国の指定難病への追加、医療・社会福祉制度の拡充が活動目標(諦めたらそこで試合終了!)。愛と笑いで健やかに!

○執筆ブログ
アメブロ『安心してください、難病ですよ!』
当ブログ『ベッドルームからこんにちは』

取材、執筆依頼はメールでお願い致します。
shiano.thanks@gmail.com

Twitter @wataseshiano


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■当ブログ開始日 2018年5月22日

これ以前の日付の投稿は、過去に別名義で書いた文章を再投稿したものです。

最近はnoteとYouTubeとTwitterで活動しています

はてなブログを購読してくださっている方ありがとうございます

 

こちらでの 執筆活動は現在ほとんど行っていませんが 今流行りの note、 YouTube そして Twitter で 歌ったり書いたり活動しています

 

応援しても良いなという方はぜひ見ていただけると嬉しいです よろしくお願いいたします

 

【現在の主な活動】

 

Youtube

https://www.youtube.com/channel/UC5amm94WNSPbT10NO3G22jA

↑チャンネル登録お願いします!笑

 

◇note
https://note.mu/wataseshiano/

 

Twitter @wataseshiano
https://twitter.com/wataseshiano

 

しあの🐰🌼

 

 

【YouTubeはじめました】What A Wonderful World 和訳

こんばんは!

思い立ったら即行動で
おなじみの綿生です🙋💨

 

今回は思いっきりアメブロからの転載です笑

そのため絵文字もりもり森山良子になってますが…

ご了承くださいm(_ _)m

 

 

 

突然ですが… 
私、YouTuberになりました!!!笑 

 

というか、文章だけでは
一定の層にしか届かないと思い、
音楽という形で表現したいと思って
YouTubeデビューに至りました✌️💨

 

やっぱり間口は広くありたいので🚪🌏✨


そしてそして…
早速ですが、最初の動画を公開しました!📺

 

What A Wonderful World ―この素晴らしき世界― By 綿生しあの (ピアノ弾き語り・日本語歌詞付き) Cover Song On Piano / With Lyrics - YouTube

 


What A Wonderful World ―この素晴らしき世界― By 綿生しあの (ピアノ弾き語り・日本語歌詞付き) Cover Song On Piano / With Lyrics

 

 

病気が悪化する直前、 
この世の美しさに感動して録音した
ピアノの弾き語りです♫🎹笑

 

英語の曲なので、
頑張って自分で和訳もしてみました😌

この曲は私にとってとても大事な曲です…💗
ぜひ聴いてみて下さい✨

 

録音のとき、すでにモーレツに
背中がいたかったので一発録りです!
ちょっとへっぽこ感あるけど…
ご了承を😳笑

 

ピアノは今は

病気の都合で弾けませんが…😭


伴奏がないと成立しないので、
今後は、おうちカラオケを録音して
載せて行こうかなと思っています😊✊

ぜひぜひ聴いてやってください♫


そして、チャンネル登録お願いします☆笑


ちなみにこの曲、

とっても素晴らしい曲なので、
歌詞だけ読んでもらえたらと思い…


ここに掲載しておきます✒✨

 


🌱🌱🌱

 


What A Wonderful World
―この素晴らしき世界―


作詞・作曲

George David Weiss 

G. Douglass


日本語和訳

綿生しあの

 


歌詞 / Lyrics


I see trees of green, red roses too
蒼い木々が見える 赤いばらも

I see them bloom for me and you
咲き誇っているよ わたしとあなたのために

And I think to myself what a wonderful world
そして思うんだ
なんて素晴らしい世界なんだって


I see skies of blue and clouds of white
青い空が見える 白い雲も

The bright blessed day, the dark sacred night
明るい素敵な日も 暗い厳かな夜も

And I think to myself what a wonderful world
そして思う この素晴らしき世界を


The colors of the rainbow so pretty in the sky
虹の色が空に輝き

Are also on the faces of people going by
道ゆく人たちの顔に映っている

I see friends shaking hands saying how do you do
「ごきげんいかが」と握手する人たち

They're really saying I love you
ほんとは「大好きだよ」って言ってるんだ


I hear babies cry, I watch them grow
赤ちゃんの泣き声がする
育つのを見届けよう

They'll learn much more than I'll ever know
いろんなことを学ぶんだね
わたしも知らないようなことを

And I think to myself what a wonderful world
そして思うよ
この素晴らしき世界を

Yes, and I think to myself what a wonderful world
生きているんだ
この素晴らしき世界を


🌱🌱🌱


なんて…

なんていい曲なんやーーー!!!笑

 

読んでもらって
ありがとうございました🙌

明日も、明後日も、
良い一日の連続を✨


🌼綿生しあの🌼

 

 

むきだしの心

本当はもっとむきだしの心でいたいのに、むき出しでいられなくなってしまったことに気づいた。

 

文章を書こうとしても、心の周りに二重三重のガムテープが巻いてあって、奥底で思っていることも本当に言いたいことも出てこなくなってしまった。

 

表現をする人になりたいなら、むきだしでいなくちゃならないのに。

 

仕方のないことだけど、私の毎日には新鮮な何かが全くない。私の世界はTwitterのタイムラインとテレビ、あとは窓の外に見えるわずかな空、ただそれだけだ。

 

もちろん刺激もない。誰かを傷つけるのがいやで、尖るのをやめようと思ったら、感性までもどんどん鈍ってきてしまった。

 


自分が自分じゃないようで、カプセルにでも入れられたようで、もどかしくて苦しくて、悔しい。

 


花柄ランタンという人たちの曲を聴いた。

 

いつも日曜日はNHKのど自慢を観ながらお昼を食べることに決めているのに、今日はそれよりも彼らの音楽が聴きたかった。

 

四等分された焼きたての食パンと、冷たいコーンスープ。

 

バターの沁み込んだパンを齧りながらスピーカーに耳を傾けていると、目からはボロボロと涙が溢れてきて、これが何なのか分からないけど、きっと感動なのだと思った。

 

「君は愛の戦士だ!」

 

振り返れば私はずっと長いこと、こんな感覚になることもなかった。

 

病気にありとあらゆるものを奪われたけど、肉体的なこととか健康的なこととか、そういうことではなくて、心の在り方さえも変えられてしまったのだと思うと、切なくて切なくて堪らなかった。

 

それでもパンはパリパリと美味しくて、生活のにおいのする音楽に自分の生活が混ざり合っていって、なんだかわけがわからないけど嬉しくて涙が止まらなかった。

 

こんな気持ちにさせてもらえたことが嬉しくて、いつかライブに行けたらいいな、と、今はまだ夢のようなことを思った。

 


「奇病日記」を書くにあたり、どんなふうに書けばいいのか分からなくて毎日悩んでいる。

 

内容は重くて苦しいし、そもそも今さら思い出したくもないし、なんでこんなことをしてるのか自分でも分からないけど、やると決めたからにはやるし、目標のためにはやらねばならない。

 

表現ってなんだろう。奇病日記はもしかすると「表現」とは違っているのかもしれない。むしろレポートのような実録のような。書く人は私じゃなくてもいいような。

 

 

面白い文章ってきっと、もっともっとむきだしなんだと思う。聴衆の前で素っ裸になるような、そんな覚悟がないといけない。

 

私ももっとむきだしでいられるよう、まずは最初の足がかりとして、ここでむきだしになってみた。

 

 

私も誰かの心を動かせますように。

 


花柄ランタン「生成りのこころ」Music Video

 


花柄ランタン「やわらかパンクス」MusicVideo

 

 

「奇病日記」という連載エッセイを始めました

いつも読んでくれる皆さま、誠に誠にありがとうございます。

 

この度、noteにて「奇病日記」という連載エッセイをはじめました。

 

⇒ 連載用noteトップページ
https://note.mu/wataseshiano/

 

⇒ 自己紹介 / 「奇病日記」について
https://note.mu/wataseshiano/n/n6e3ea87b47b6

※連載によせての意気込みが書いてあります。

 

これまでも、はてなブログには読み切りエッセイを掲載してきました。

 

ですが、やはりストーリー仕立ての方が「奇病」についての様々なことが伝わりやすいかと思い、連載スタートに踏み切りました。

 

正直、更新の度にゼロから書いていて、どんぶり勘定の自転車操業も甚だしいのですが…(笑)

 

一回あたりの文字数をかなり少なくすることで、奇病の症状である意識の混濁感や身体の痛みも回避できそうな気がしています。

 

あとは読む人的にも楽かなーと。
物足りないぐらいがちょうどいい?
そんなことない?よく分かりませんが…

 

闘病の傍ら、少しずつ更新します。

 

書籍化と難病が治る未来を目指して!

 

はてなブログでは今後もジャンル問わず読み切りエッセイを書いていきます。更新頻度はどうなるかわかりませんが… :-)

 

Twitterもよろしくお願いします (^^)
@wataseshiano

 

それでは、短いですが、お知らせでした!
今後ともよろしくお願いします (*^^*)

 

🌼綿生しあの🌼

 

とにかく「琴音」の歌を聴いてほしい

16歳のシンガーソングライター、琴音が初のミュージックビデオを公開した。今日、数時間前に。

 


琴音「願い」(Music Video)

 

本当に本当に良くって胸がぎゅっとなる。公開されてからまだ数時間しか経っていないので、私はまだ衝動的な興奮と感動に飲まれているところで、きっとこの曲の良さの数パーセントもわかっていないのだろう。

 

だけど、それでも聴けば聴くほど心に響いてきて、彼女が伝えたいこと、訴えたいことはなんなのかなと、心の中が想いでいっぱいになる。なんなんや、この歌詞は。この歌は。この声は。何もかもが好きすぎる。

 

16歳の女の子がこんな曲を書いているなんて本当に凄い。音楽は人徳だと常々思っているのだけど、彼女の人徳は私なんかの何十年も先を行っている。

 

彼女のこれからが本当に楽しみでたまらない。

 

リリースがあまりに嬉しかったので、今回は超超私ごとながら、私と琴音との出会いについて書いてみようと思う。

 

音楽やアーティストへの想いって、みんなそれぞれに出会いと熟成の期間があると思う。だから、まあこういうのを書くのもありかなぁと思ったのだ。

 

 

今から数ヶ月前、確かまだ寒かった時のこと。

 

夜11時頃、お風呂に入ろうとリビングを横切ると、母が観ていたテレビからものすごく綺麗な歌声が聞こえてきた。もう本当にすんごい綺麗で、「うわ、何この声」と思った。

 

私はいつもいい声の人の歌を聞くと、「なんちゅ-声しとんねん」と思う。どんなジャンルであってもそう思う。


そうしてあの日あの夜、偶然聞こえてきた天使の歌声。私は思わず足取りを引き返し、廊下に立ちっぱなしで聴き入った。

 

テレビには、胸元に赤いリボンをつけた制服の女の子が写っていた。どうやら女子高生らしい。

 

白く透き通る肌に、涼しげな目元。肩くらいの長さの、さらさらの黒髪。彫刻みたいな綺麗な横顔で、天使みたいな声で歌っている女の子がいる。

 

歌っていたのは、手嶌葵の「明日への手紙」という曲だった。彼女が歌うと、儚いのに力強くて、感情的で、凛としていて、芯があった。大サビ前のアカペラでは鳥肌が立った。

 


【今夜、誕生!音楽チャンプ】「明日への手紙」(手嶌葵) /琴音(ことね)

 

彼女が出演していた番組は、「音楽チャンプ」といって、一般の人がデビューをかけて競い合う、勝ち抜き型の歌番組だった。

 

司会は関ジャニの村上くん。審査員席には森クミさんや、なんだか知らないけど多分偉い人なのであろう音楽関係者の男の人が座っていた。

  

歌を歌っていない時の彼女は、物静かで、冷静で、あの歌に込められた情動はどこに?という感じだった。

 

もしかしたら緊張していたのかもしれないけど、大人たちの意見にも物怖じしない感じがかっこよかった。番組内では「口下手だけど…歌で想いを表現!」という風に紹介されていた。

 

回が進むごとに、審査員の皆さんも明らかに琴音ちゃんに入れ込んでいて、森クミさんなんかはもう感動して毎回泣いていた。私も毎回泣いていた。なんだか知らないけど多分偉い人なのであろう音楽関係者の男の人も目頭を押さえていた。

 

中孝介さんの「花」を歌った時も本当に良かった。あの歌声が忘れられない。

 


【今夜、誕生!音楽チャンプ】「花」(中孝介) / 琴音(ことね)

 


そうして順当なまでに彼女はライバルとの戦いに勝ち抜き、見事、琴音ちゃんはグランドチャンプ的なものになった。なったところで、なぜか番組は終わってしまって、その後の活動はよく分からなくなってしまった。

 

だけどそれからも私は彼女の歌声が忘れられなくて、YouTubeにアップされた動画を見たり、彼女が所属しているのであろうレーベルのデモ音源を聴いたりしていた。

 

琴音ちゃんの歌声を聞くと本当に心が洗われる。「ちょっと音楽でも聴くかな」くらいのテンションで何気なく聴き始めても、いつのまにか聴き入ってしまって、繰り返し何度も聴いてしまう。

 

しばらくの間、彼女の公式Twitterを追いかけていると、ミニアルバムをリリースすることになったと知った。彼女の音楽を待っていた。

 

そしてついに本日、ミニアルバム発売から先行して「願い」のミュージックビデオが公開されたというわけだ。

 


琴音「願い」(Music Video)

 

 

波打ち際で歌う彼女。

 

 「空へ届け この願いよ」

 

願いが空へと放たれていく。

 

歌声が波の音に溶けていく。

 

 

 

素敵なMVができて良かったなぁ…俳優さんも良い演技。胸がいっぱいになってしまった。

 

今日の感想はひとまずここまで。もっとじっくり聞こうと思います。

 

なんだか自分が凄く薄っぺらいことを書いているような 気がして不安なのだけど、それはそれでいいというか、今日この日に書いておきたいから、衝動などもそのままにアップしてしまうと思います。

 

ほんと、これからが楽しみです (*^^*)

 

薄靄 Vol.1

Twitter には時折、その時考えていることや疑問などを書いてみたりする。

とはいえ、たった140文字で自分の悶々とした感情を正確に説明できるはずないとわかりきっている。だから私はできる限りの柔らかい言葉を選び、いくつかの絵文字を添え、「ほら、私には悪意などひとつもありませんよ」とビジュアルで示している。

別にそれ自体は悪いことではないと思う。これもまた私の中の一つの性格であり、コミュニケ-ションのやり方である。

 

とはいえなんだか疲れてしまった。

 

肩身が狭いというか、何というか。私は誰に気を遣っていて、何と戦っているのだろう。そもそも私の文章の持ち味は一体何なのだろう。

今日どこかのブログで読んだ文章にこんなことが書かれていた。「Twitterの140字に無理矢理ことばを押し込めるのではなく、ブログの文字容量で、Twitter的な思考のウダウダを書いてみるのもアリかもしれない」

いうわけで、私もその方法で書いてみようと思う。こういうのは結構得意だ。人間は考えることをやめられないのだから。これって結構な呪いだと思っている。

 

人間に課せられた呪い、それは思考だ。

 

 

 

 

今週の「半分、青い」(朝ドラ)は、裕子ちゃんの一連の話が印象的だった。

 

観ていない人のために説明すると、裕子ちゃんとは主人公の親友であり同僚であり漫画家仲間である。この裕子ちゃんは、一流の少女漫画家の元でのアシスタント生活を経て無事に漫画家デビューを果たしたのだが、数年の時を経て思うように作品が書けなくなる。雑誌での連載も打ち切られ、自暴自棄になり、最終的には廃業を決意したのだった。 

 

廃業の先にあったのは結婚。

お金持ちの男性が見つかったのだという。

 

すずめちゃん(主人公)と裕子ちゃんがデビュー間もない頃。二人で徹夜して、想像の海に飛び込んで、真っ白な紙に描いた何十枚もの絵を床に散らばせて、体ごと飛び込んだシーンが好きだった。裕子ちゃんは創作ゾーンに入っていて、「海の色は緑色」(うろ覚え)みたいなことを言っていた。

 

夜が明けて、朝日が差し込む窓辺に腰掛けた二人は笑っていた。この日、二人は真に心を通わせたのだ思った。すずめちゃんは、故郷の岐阜では出会わなかった種類の、同類の、それでいて盟友と出会えたのだと思った。本当の友達ができてよかったなぁと思った。

 

だけど裕子ちゃんは辞めてしまった。

 

創作の道を諦めてしまった。そして裕子ちゃんは結婚した。花嫁姿は綺麗だった。白いベールを光が通り抜けていた。裕子ちゃんが漫画の道を諦めようが結婚しようが、そんなことは彼女の勝手だ。なのでそのこと自体に何も思うことはないのだけど、なんだろう、なんだか私はとても不安になった。

 

要するにこういうことだ。

「自分も裕子ちゃんなんじゃないか」

 

私はよく、自分が文章を書いている理由がよく分からなくなる。自分のために書くということはもうほとんどなくなっていて、誰かに笑ってもらおうとか、楽しんでもらおうとか、その上で少しでも病気のことを知ってもらえたらとか、そんな理由で書いている。

動機は人それぞれあるからいいとして、私にすずめちゃんほどの情熱があるんだろうか。全く自信がない。

例えば「結婚」という新たな居場所が現れた時、私はそれでも書き続けようと思うのだろうか。結局のところ、私もただこの居場所のない日々をどうにか変えたくて、そのための手段として書くことを選んでるだけなんじゃないだろうか。そんな思いがして不安になってくる。

もちろん文章を書くのは好きだけど。楽しいけど。そして苦しい。

 

今、私は、苦しい。

 

裕子ちゃんが漫画を書くことを続けようが続けなかろうが、そんなことは彼女の勝手であるのと同じように、私がどんな理由で文章を書こうが、そんなことは(少なくとも今の時点では)人には関係ないし、中身が面白ければそれでいい。

こんなことを書いたり考えたりしていてもしょうがない。だけどたまにはこんなどうしようもないモヤモヤを書くことで、こんな自分本位な行動を取ることで、私の中の何かを動かすきっかけになればいいと思う。

 

だからこうして書いている。

 

 

地震はすっかりどこかに行ったと思っていたけど、さっきまた少しだけ揺れた。

ベッドの上のぬいぐるみたちがあっちやこっちを向いて倒れている。ぬいぐるみたちは究極に柔らかい。固いものを一切受け付けなくなった私の肌や体にも優しく寄り添ってくれる。

 

外にはもう二ヶ月出ていないらしい。

 

月日が経つのが早いのか遅いのか分からない。普通の人たちは、この暮らしの中で私が感じていることも考えていることも、少しも分かりはしないだろう。

私が「外出にこだわることをやめた」と言うと、人は一瞬だけ変な顔をする。それは普通の人たちにとって外に出ることがあまりにも普通のことだから。それなくして生きることを想定していないから。だから私が「普通」をやりたがらない、やることをやめた、と言うと、違和感を覚えるのだろう。諦めのようにも聞こえるかもしれない。

 

痛々しく聞こえるだろうけど、私は本当に外の世界にこだわることをやめたのだ。慣れてしまえばこんなもの。私の世界は部屋とトイレとお風呂だけ。道路や家並みはみんなテレビの中。監獄の中もこんな感じなんだろうか。

 外の世界よりも監獄の方が居心地いいと言う人もいるらしい。そのために犯罪を起こされても困るけど、気持ちはわかる。

 

外にいることの喜びが2パーセントで、

あとの98%は苦痛なのだ。

 

だったら100%、何の苦しみもない家の中にいた方がよっぽど良い。というか、家の中は案外楽しい。見どころも満載だ。

こんなことを書いていたらだんだん私は「本当は外に出たい」のに、嘘を言ったり卑屈になったりしているだけなののかも、という気がしてきた。自分でも自分の気持ちがよくわからない。

だけど身体が痛いのだけは嫌なんだ。だから無理に私を外に引きずり出そうとしないで欲しい。みんなには分からないのは仕方がない。 

 

体の痛みは心の痛みより分かりにくい。

心の痛みも体の痛みより分かりにくいけど。

 

夜は良くない。だいたい文章が暗くなる。文章が暗いことで悩んでいる人は朝に執筆活動を試してみればいいと思う。自分もそうしてみようかと思う。問題はスイッチが入らないことだ。カラスのモノマネでもしてたら楽しくなってくるかなぁ。

 

 

いろいろ思うままに書いてみて、これはこれでアリと思った。こういった類の文章は「薄靄(うすもや)」と名付けて、定期的に書こうと思う。

少しくらいパーソナルな場所にしてもいいじゃないか。今日のは、まずは、Vol. 1。

どうぞよろしくお願いします。